現在世界の経営者やリーダーが注目しているトレンドのひとつが「カーボンプライシング」です。
すでに多くの国で、炭素税や排出量取引制度という形でカーボンプライシングが実施されており、今後さらに多くの国で導入が見込まれています。
また、国家だけでなく多くの企業もカーボンプライシングが自社の気候変動戦略や行動にどのように適合するかを模索しています。
この記事では脱炭素につながる一つの方策であるカーボンプライシングについて詳しく解説します。
カーボンプライシングとは
カーボンプライシングは、温室効果ガス (GHG) 排出量削減のために、排出する温室効果ガスに価格を設定することです。設定された価格は炭素価格と呼ばれ、民間が独自に課すものや政府が主体となって課税するものもあります。気候変動対策を求める企業にとって、カーボンプライシングは排出削減に向けた努力をするインセンティブにも、気候変動対策への投資戦略を明確にするツールにもなります。
カーボンプライシングは政府や民間レベルで様々な方法により実行されています。
政府・公共部門におけるカーボンプライシング
国または政府レベルでは、炭素に価格をつける方法は主に4つに分類されます。
- 炭素税:温室効果ガス排出量に対する固定価格(賦課金)。
- 排出量取引制度 (ETS):排出枠のキャップ&トレード制度で、排出枠を取引・競売し、市場ベースの炭素価格が設定されます。
- 社会的費用:排出の社会的コストを反映する経済指標として政府が用いる理論価格。この価格は炭素に対する課税としてではなく、経済学における費用便益分析に適用され、政策決定に影響を与えます。
- パリ協定第6条:第6.2条では各国が独自に宣言した排出削減目標を達成するためにカーボンクレジットの二国間取引を認めています。6.4条では、UNFCCCが主導するカーボンクレジットメカニズムを創設し、取引が可能になっています。
民間におけるカーボンプライシング
民間におけるカーボンプライシングは主に3つの方法があります。
- カーボンクレジット:価格設定は、先物契約や市場内でのスポット取引、あるいはブローカーと企業の買い手など2者間の契約である双務契約など取引を通じて決定されます。価格に影響を与える主な要因には、プロジェクトの場所、方法論、ヴィンテージイヤー、検証機関、購入クレジット数などがありますが、価格が高いほど品質が良いとは限りません。
- シャドウプライシング:炭素税や排出権取引制度 (ETS) など、外部から炭素価格が課された場合に、投資に対するリスクを明確にするための意思決定手段として用いられる、炭素1トンに対する企業独自の(社内の)理論価格です。世界銀行の炭素価格に関する勧告に基づいて価格を決定することもあれば、同業他社の炭素価格、セクターの状況、炭素価格規制の将来予測などの分析に基づいて、価格を選択するための独自の手法を定義することもあります。シャドウプライシングの利用は、運輸、電力、化石燃料のような炭素排出量の多い規制産業で多く使用されています。
- 内部炭素税:社内で独自に課される炭素税で、それを元にカーボンクレジットを含む多様な気候変動対策への投資に充てることができます。企業は排出削減のための投資や残余排出量を相殺するためのカーボンクレジットの購入資金を得るために炭素税を利用しています。
企業が内部炭素税を導入するメリット
近年、ネットゼロやカーボンニュートラルなどグリーンクレーム(気候変動対策)を主張する企業にとって、グリーンウォッシュ批判を受けるリスクは大きくなっています。グリーンウォッシュとは見せかけの気候変動対策のことで、環境への影響を誇張して示すことに対して厳しい目が向けられています。
カーボンクレジットはグリーンウォッシュか?グリーンウォッシング批判を避けるには?特に気候変動対策の中でカーボンクレジットの使用がグリーンウォッシングであると批判を浴びることが多くなっており、カーボンクレジットのみを用いて自社の温室効果ガス排出量を削減させる企業や、カーボクレジット戦略の透明性を欠く企業はグリーンウォッシング批判を受けるリスクが特に高いと言えます。
カーボンクレジットを利用する企業がグリーンウォッシング批判を避けるには、質の良いクレジットの購入と、クレジット以外の脱炭素の施策を行うことが求められます。
企業内部での独自の炭素税の設定は、カーボンクレジットによって排出している炭素を補償しつつ、排出削減へと結びつける一つの方法です。
例えばマイクロソフトは、出張による排出量に対し100 ドル/tの社内炭素税を導入することを決定しました。この内部炭素税の設定により、社員は必要なときだけ出張するようになります。またマイクロソフトは炭素税によって集まった資金を活用して、省エネ、再生可能エネルギー、カーボンクレジットなどに投資しています。
また企業が内部炭素価格を設定し、排出コストを内部化することは、企業がグリーンウォッシング批判を受けるリスクを軽減するだけでなく、以下のようなポジティブな結果をもたらすことも期待されています。
- 安価で低品質なクレジットから高品質なクレジットの購入へと買い手を誘導
- 脱炭素投資を促進し、バリューチェーン全体の排出削減を加速
- 新たな気候変動イノベーションと技術に投資
企業はカーボンプライシングをどのように活用すべきか
企業が内部炭素税の価格を決定する際、組織が考慮できるベンチマーク価格は様々です。例えばIPCC(気候変動に関する政府間パネル)のスペシャルレポート15では、パリ協定の1.5℃シナリオに沿った炭素価格は、1トン当たり100ドルから400ドルの範囲が必要であるとしています。
また、現在のカーボンクレジット価格と排出コストをより現実的に反映した価格との間には大きなギャップがあると考えられています。BloombergNEFは3つの異なるシナリオにおけるカーボンクレジットの価格設定をモデル化し、その結果、2050年には35ドル、炭素除去クレジットの使用のみが許可されるシナリオでは250ドル以上にまで価格が上昇するとの報告を公開しています。
以上の例のように、内部的に定義されたものであれ、外部的に課されたものであれ、カーボンプライシングの価格は今後上昇すると考えられます。そして排出の環境的・社会的コストを合理的に反映したカーボンプライシングは、1.5℃の軌道に沿って排出削減を推進し、気候変動による最悪の影響を防ぐために不可欠な手段です。
たとえ企業が2030年や2050年に向けて野心的な1.5℃に沿ったネットゼロ目標を設定したとしても、現実には企業はその道程で毎年炭素を排出しています。内部炭素税を設定することで、より質の高い炭素クレジットへの投資を可能にする資金が生まれ、企業は後発企業に対する競争上の優位性を確保することが期待されます。